丸木美術館「原爆の図」 感想 2015.09.16

2013年4月に行った丸木美術館「原爆の図」感想メモまとめ。
丸木美術館HPリンク

 

 

展示の最初にあった文より

「ふたたびこうした惨事が繰返されることがないように」

 

「たくさん描いたものだと思いました。けれど、広島でなくなった人々は二十六万人なのです。」

「絵でさえも一生かかっても描ききれない程の人の数が、一瞬間に一発の爆弾で死んだということ、長く残る放射能、今だに原爆症で苦しみ死んで行く人のこと、これは自然の災害ではない、ということ。」

 

 

原爆の図の中の人たちもさまよっているようだったけど、偶然同じ時にいた一緒に絵を見てる人たちも、外見、さまよってるようだった。

 

人がいる。

だらんとして

やっと

やっと

 

現実の渋さを飲まされて

顔に全部喰わされて

真っ黒だ

真っ黒だ

ぐるぐる

ごろごろと

 

夢見るような表情と

地獄の業火に焼かれるような苦悶

それが何のいさかいもなく入り混じる、

この光景こそが地獄だ

 

絵の肌

 

煙のように ガスのようなもの。

でも決してここから

立ち退こうとはしない煙

 

自分はその時マスクをつけてたけど、何故か、マスクをしていては失礼だと思った。

 

絵の中の火の“メラメラ”という音。

丸焼き

何が足で

何が手で

転がった首

何も語らない胴体

かすんでゆく表情

ついにかたまった顔

 

声の出ない喉

涙ばかりが

涙さえも枯れて、

耳なりのような音だけが

“聞こえるような気がする”

 

こんな惨状を描いた絵があるのに、この展示室自体は落ち着いて心地よい場所なのはなぜなんだろうと思った。

部屋は静かで、外の、雨が建物を叩く音だけが遠くで聞こえた。

 

安らかに丸焼けになる赤ん坊

鬼のような顔の鬼

 

作者は、これをこれらを描いている時、どんな心地だったろう。

 

ガラスケースなんかに入れられてなくてよかった。和紙の肌。

展示自体とこの日が雨だったのは全然関係ないけど、雨は、ここに空気があることを忘れさせないなと思った。ありがたかった。

絵は、見ていられない、という感じではなかった。

ある一定の距離以上は近づけない感じではあったけど。

 

屏風を辿り、

人間の肌の光、陰、光、陰、がうね うねと続いた。

 

 

絵の展示してある部屋を抜けたところに休憩室があって、そこの窓から外が見えて川が見えた。

埼玉県東松山市のここにこの美術館を建てたのは、この川、都幾川が、丸木位里さんの故郷である広島県太田川の風景に似ていたからだという。

 

ちょうど窓から桜がいい位置にきれいで、

川にはカモがいて、

風が吹いていて、

雨は止んでいて、

でもあい変わらずひんやりと寒かった。

風の吹く音か、

木々を揺らしてゴヒューー、と鳴った。

 

きっとこういった場所は、悲痛な思いだけでは残らないのだと思った。